2022年度特別コラム

「具現する未来」

参考文献「2030年 すべてが加速する世界に備えよ」

         ピーター ディアマンデス  著

           スティーブン コトラー  著

 

 

 

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  スカイドライブの空飛ぶ車

 

第一回

〈空飛ぶ車とコンバージェンス

 

亀を助けて竜宮城へ渡った浦島太郎が数年後に戻った故郷は、数百年の時が流れ全てが変わり果てた未来の世界でした。現在、この古代のおとぎ話は現実となりつつあります。もしも数年間を無人島で過ごした人が都市に戻ったら、そこはもう未来の世界。

空飛ぶ車と言えば、「ブレードランナー」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のような前世紀の映画で目にした未来の乗り物ですが、21世紀の今も、私たちに乗ることができるのは飛行機とヘリコプターだけです。昔のSFに描かれていた「あの未来はどうなった?」と首を傾げていた人も少なくないでしょう。しかし、「現実はこんなもの」と思っていた私たちに、2018年、ウーバーの最高製品責任者ジェフ・ホールディングは「空のライドシェア」が2023年にダラスとロサンゼルスで完全に事業化されると予告したのでした。  

空飛ぶ車の配車サービスが広まれば、将来的に車の保有と使用は経済的に見合わないものになると言います。なぜなら、車には購入費の他にガソリン、修理、保険、駐車場代など一旅客マイルあたり五九セントかかりますが、空飛ぶ車の配車サービスは一マイルあたり四四セントになるからです。 

SF映画の世界は、間もなくあらゆる分野で急速に現実化し始めます。  

コンピュータの集積回路上にあるトランジスタの数が一年半ごとに倍増することを「ムーアの法則」と言いますが、その結果、指数関数的に性能は上がり、価格は下がります。現代のスマホは1970年代のスーパーコンピューターに比べ、大きさは一万分の一、価格は 千分の一、性能は百万倍です。また、テクノロジーのデジタル化・プログラム化は「収穫加速の法則」を呼び込み、進化の速度を加速します。

しかし、それだけではありません。量子コンピュータ、AI、ロボティクス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、材料科学、ネットワーク、センサー、3Dプリンティング、AR、VR、ブロックチェーン、これらの指数関数的な進化の波がコンバージェンス[融合]し合う今、既存の市場を破壊するテクノロジーが具現すると予測されるのです。

ウェイモの自動運転配車サービスで車を運転・所有する人はいなくなり、イーロン・マスク出資の真空列車ハイパーループにより数時間かかる都市移動は数十分になり、スペース✕のロケットで大陸間の通勤通学さえ可能となる、そんな未来がもう目の前に・・・。

 

 

 

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 日本IBMの量子コンピュータ

 

〈指数関数的進化の6つのステージ

 

パソコンやスマホなどのコンピュータは情報を「1」か「0」の二通りの状態で表す「ビット」を最小単位とし、指数関数的に進化してきました。しかし、集積回路を小さくしながら千億倍も能力アップしてきたこの仕組みを、大きく乗り越えていくと言われる技術があります。量子コンピュータです。これは、情報を「1」でもあり「0」でもあり得る重ね合わせ状態の量子ビットで表します。チェスの世界王者を破ったコンピュータが一秒に二億手検討できたのに対し、量子コンピュータは一秒に一兆手以上検討できます。これにより新たな材料、化学物質、医薬品発見の黄金時代が到来し、人工知能、セキュリティ、システムは想像を超えた発展をします。

こうして2030年には、ドラえもんの道具が日用品になるような社会が訪れるかもしれません。そんな未来を具現する量子コンピュータなどの技術をエクスポネンシャル・テクノロジーと言います。指数関数的に発展するこうした技術には、「デジタル化」「潜行」「破壊」「非収益化」「非物質化」「大衆化」六つのステージがあるそうです。

まず、ベースとなるのは「デジタル化」、つまり技術のコンピュータ化です。デジタル化した技術も、初期の進歩はゆっくりしていてあまり期待に答えてくれず「潜行」の段階にあります。しかし、二倍二倍と進化を続ける結果、突如として既存の製品・サービス・市場・産業を「破壊」する段階に移ります。そして、オンライン通話のように、今までかかっていたコストが消える「非収益化」、家電話やテレビやカメラやゲーム機がスマホ一つに集約されたように、製品や商店が不要になる「非物質化」、それが貧富の差なく全ての人に共有されていく「大衆化」へ進んでいきます。

例えば、人工知能の研究はこれまでも二度ブームになりながら、実用性は示せませんでした。ところが、2010年代に機械学習・ニューラルネットといった手法を使いインターネット上で学習するAIが登場すると、それは一気に「見る」「聞く」「読む」「書く」「知識の統合」といった能力で人間に匹敵、あるいは人間を凌駕するようになりました。現在、文学賞の最終選考に残ったり、囲碁の世界王者に勝ったりするようなAIを、スマホを通して誰もが利用できる状態に達しています。

高額な電信から、地球を覆う衛星使用の低額な高速通信網へ発展したネットワーク。センサー。ロボティックス。技術の破壊的進化は止まりません。

 

 

 

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 3Ⅾプリンター製の家

 

デジタル技術の現在〉

 

2022年2月24日、ロシアによる隣国ウクライナへの侵攻が始まりました。通信インフラが破壊される危機に瀕したウクライナのフョードロフ副首相は、ツイッターでスペース✕社のイーロン・マスク氏に同社の衛星を用いたネットワークサービス「スターリンク」の提供を依頼しました。するとわずか十時間後、サービスは始まりました。 

地球低軌道に浮かぶ数千機の衛星により、通信インフラのない離島や山間部に余すところなくネットワークを張り巡らそうとしているのはスペース✕社だけではありません。アマゾン社の進める「プロジェクト・クイパー」やソフトバンク社も出資している「ワンウェブ」が競って衛星を打ち上げています。

こうして地球は着々とインターネットに覆われてきていますが、ネットーワークを人間の神経系に喩えるなら、人間の五感に該当するのはセンサーです。フィンランド人ラーテラの考案した「オーラリンク」というチタン製指輪は毎秒250回人々の血流を測れます。自動車、スマホ、ドローン、衛星のカメラは今、二四時間世界を見つめています。やがてナノマシーンが人体内の情報も収集するようになるでしょう。

更に、センサーで得られたデータはロボティックス技術の担う運動にフィードバックされます。2011年の福島原発事故以降、人間の代わりに作業出来るロボットの開発が世界中で進展しました。いずれ不眠不休で作業する労働力が誕生し、ドローンが世界中にモノを配達してくれるようになります。

デジタル技術の進化は人間の生存空間の拡張もしています。仮想現実【XR】はスマホベースの低価格なサービスが既に大衆化し、視覚だけでなく聴覚や触覚、臭覚や味覚まで再現し、リアルとは別の生活の場が生まれつつあります。拡張現実【AR】も、任天堂の「ポケモンGO」で破壊的段階に到達しました。まもなく、誰もがスマートグラスで建物や風景の解説を見ながら街を歩くのが当たり前となるでしょう。

材料科学やバイオテクノロジーの発展は、全ての物質を元素の組み合わせから作り出す力を人間にもたらそうとしています。3Dプリンターは既に義手や義足、戸建ての家、高層マンションも作るようになりました。移植用臓器の生産さえ一般化するようになるでしょう。遺伝子治療はDNAの編集によりあらゆる疾病を防ぎ、幹細胞治療はあらゆる欠損を補います。人は死ねない動物になるのかもしれません。

 

 

 

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 クラウドファンディング

 

第四回

〈7つの推進力〉

 

ドラえもんはいつ誕生するのか?デジタル技術が指数関数的加速度で成長し、各分野の技術が融合することで「未来の世界」の実現は非常にリアルになってきましたが、この変化は七つの推進力によって増幅されています。

一つ目は、テクノロジーの生み出した「時間の節約」という推進力です。鉄道や飛行機は他の町や国へ移動する時間を、検索エンジンは図書館へ行く時間を、オンラインショッピングやチケット予約は店舗に行く時間を削ります。この百年で人々が家事に要する時間は週58時間から週1時間半に減りました。浮いた時間でイノベーターは試行錯誤する時間に余裕ができ、イノベーションが生まれやすくなるのです。

イノベーションには資金も必要です。クラウドファンディングは、誰でもアイディアを専門サイトに投稿し、実現のための資金拠出をネットにつながる数十億の人々へ求めることを可能にしました。スマホさえあれば銀行の審査も株式上場も通さずに、商品やサービスへ投資ができます。また、従来のベンチャーキャピタルに加え、新規仮想通貨公開による資金調達、SWFと呼ばれる政府系投資ファンド、孫正義氏によるビジョンファンドなど、新たな投資制度が新たなテクノロジーに「潤沢な資金」という推進力を与えています。

「非収益化」も推進力の一つです。かつて人ひとりのゲノム解析には9か月の時間と1億ドルのコストがかかっていましたが、現在は1時間の作業と100ドルのコストで可能です。数十年前のスーパーコンピューターはスマホとなって世界中の人のポケットに収まり、電力、教育、製造、輸送、通信、保険が低コスト化、無コスト化しています。より多くの人がイノベーションに参加可能となれば、変化の加速も増すのです。 

それは、人材の中から「天才」を発掘しやすくなるという推進力も生み出します。更に、デジタル技術は脳の機能向上や障害の克服を可能とするため、発掘だけでなく、「天才の製造」さえ可能になるかもしれません。

他にも、ネットワークの拡大に伴う潤沢なコミュニケーションや、メタバースなどの「新たなビジネスモデル」も推進力の一つです。しかし、より強烈な印象を与える推進力は「寿命を延ばす」でしょう。老化細胞の修復、若い血液の輸血、幹細胞による自己再生で、人々の寿命は伸び、優秀な人材がイノベーションに費やす時間を延長すれば、世界の加速も進むというわけです。

 

 

 

 仮想空間でお買い物。AmazonのVRショッピング空間がインドでお披露目 | ギズモード・ジャパン

  AmazonVRショッピング空間

 

第五回

〈買い物と広告〉

 

1887年、全52ページに時計や宝飾品が掲載された通信販売カタログ「シアーズ・カタログ」が登場しました。アメリカの農村部で好評を得たこのカタログ販売は、アメリカ郵政公社の誕生、テキサスの石油、自動車の登場というテクノロジーを味方にして、地方の小売り業者を圧倒、やがて1200ページに10万点の商品を載せ、全米消費の1%を占めるまでに至りました。しかし、2013年、シアーズは破綻し、小売業界は、デジタルテクノロジーにより顧客の需要を把握して販売するウォルマートが席巻することになります。そして、現在はEコマースの雄アマゾンが、ネット接続人口の増大と歩を合わせてウォルマートを圧倒しています。

小売業界の革命は現在も進行中です。現代の消費者は、AIによるデジタルアシスタントにより、シアーズの分厚いカタログやウォルマートの広大な敷地から好みの商品を探し出す労力を払わず、欲しいものが購入できます。アマゾンの「アレクサ」、グーグルの「グーグル・ナウ」、アップルの「シリ」、アリババの「Tモール・ジニー」に呼びかければ、自分が必要とする商品を提示してくれます。AIは、「グーグル自動予約システム」のように自分の代わりに美容院に予約を入れたり、逆にソウルマシーンズのアバターのように店員の代わりに顧客対応をしたり、更にはAI同士で商取引を済ませてくれるようになるかもしれません。

また、「アマゾン・ゴー」のようにレジに並ぶことなく、まるで万引きするように店から商品を持ち出す買い物が普通になり、レジ係はやがていなくなると考えられています。店の商品補充もセンサーとAIが自動で済ませてくれるので、そこにも人員は不要になります。しかも、商品の生産は3Dプリンターが、配送はドローンが担う日も遠くありません。

ARメガネをかけて店に入れば、気になる商品に目を向けるとその詳しい情報が表示され、質問があればもちろんAIが答えてくれます。更に、VRメガネを装着すれば、店に行く必要もなくなります。自宅にいながらVR空間で服の試着ができ、注文すると自分にぴったりサイズの服が届くのです。

広告も不要になるかもしれません。あなたに必要が生じた時点でAIがニーズに合った商品を自動的にそろえるため、あなたはもう購買活動に関わらなくなるかもしれないからです。

 

 

 

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  VR空間の授業

 

第六回

〈エンタメと教育〉

 

映画・ドラマのストリーミングで覇者となったネットフリックスは、1999年にDVDのネットレンタルを送料・手数料・延滞料ゼロにしたことで成長を開始しました。次に2007年からサービスをストリーミングに転換して会員数を大幅に増やし、オリジナル作品の制作にも成功、全世界に二億人以上の会員を持つ、現代のエンターテインメント界を牽引する企業となりました。

これにアマゾンやフールーなどの動画配信サービスが追随し、その中でも個人が配信できて無料で視聴できるユーチューブはテレビを圧倒するメディアとなってきました。一般の配信者が個人で数十万、数百万の登録者を獲得し、低コストで大金を稼ぐ今の状況は、テクノロジーの非収益化と大衆化の最たる例と言えるでしょう。

今後は、AIとクラウドが更なる変化をもたらします。コンテンツの自動作成・共同作成です。既にAIが映画の脚本を書いたり、ゲームの内容をプレイヤーの好みに合わせて作り変えたりすることは始まっていますが、クラウド上に集まる人々の趣味嗜好のビッグデータと私たち自身の感情や感覚をも読み取るAIが、今日のあなたが求める動画作品を作って配信してくれるようになるかもしれません。

また、ディープフェイクといった技術によって、あなたのダンス動画を一流ダンサーのそれのように加工してくれたり、この世にない俳優や歴史上の人物を復活させて新作を作ったりということも可能になります。あなた自身のコピーを作るリアル・フェイク技術は、あなたのコピーをどこか知らないメディアに出演させるかもしれません。

エンタメを支えるテクノロジーは、教育にも適用されます。例えば、優れた教師のリアル・フェイクが様々な生徒の家庭教師を務める、といったことも考えられます。その先生はホロデッキによって生徒の目の前に現れるかもしれないし、スクリーンになった部屋の壁に現れるかもしれません。頭にゴーグルを付けてVR空間で授業を受ける試みなら既に始まっています。ゴーグルはさらに薄くなり、コンタクトレンズとなっていくでしょう。もっと先の未来では、脳に直接刺激を与えるブレイン・コンピューター・インターフェースで脳の中が教室になるかもしれません。

これらの技術は、大量生産型の画一的教育を終わらせ、生徒各自のペースで、自分の興味に沿って学習することを可能にします。ARレンズを付けて街を歩けば、街そのものが教室になり、教科書になり、先生になるでしょう。

 

 

 

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 マーティン・ロスブラット

 

第七回

〈消える病気と老い〉

 

  マーティーン・ロスブラットは大学を中退後、世界放浪中に見たNASAの追跡システムからアイディアを得て一から宇宙工学の勉強を始め、大学院で法律と経営の学位を取得、宇宙法の専門家となって宇宙関連の通信事業に従事し、世界初のグローバル衛星ラジオネットワークを立ち上げます。

でも、物語はそれで終わりではありません。トランスジェンダーであることを家族に告げ、手術により彼が彼女に変わった後のことでした。長女が難病である肺高血圧症を発病したのです。そこでマーティーンは、患者が例外なく命を落としていたこの病気の薬を開発するため、医学を高校生物段階から学び始め、化学者たちが不可能だと言っていた治療薬の開発を実現、娘が息を引き取る寸前に、その命を救いました。

しかし、彼女の薬は今でも数万人の症状を抑えているとはいえ、完治させるものではありませんでした。完治のために必要なのは肺移植です。彼女の次の事業は、移植可能な臓器を無尽蔵に供給するサービスへと変わります。まず、死亡する人の肺が有害物質を多く含んでいる問題に対処し、「体外肺灌流」という技法で数千人の命を救いました。更に、人間に近い豚の臓器を利用するためその遺伝子地図を描き、ゲノム編集技術でクリーンな豚をつくりました。目下のところは人体内部で臓器の拒絶反応を引き起こす遺伝子の封じ込めに取り組んでいます。また、動物の命を奪わずコラーゲンを使って人工肺の足場を3Dプリンティングし、幹細胞によりそれを生きた肺にする実験も進めており、加えて、スピーディに患者に臓器を届けるための空飛ぶ電気自動車の開発も行っています。

彼女のバイタリティは特別なものにも感じられますが、人類の努力は確実に治らぬ病気の無い世界に向かい、テクノロジーのコンバージェンスは進んでいます。モバイル機器によるヘルスケアで誰もが常時人間ドックにいる状態となり、遺伝子治療、ロボット外科手術、細胞医療、AIによる新薬開発により、富裕層だけでなく大衆的に、病気や怪我は消滅するかもしれません。

人は、ゲノムの不安定性や染色体内のテロメアの短縮、タンパク質恒常性の喪失、ミトコンドリア機能障害、細胞の劣化、幹細胞の枯渇といった老化の原因にも対峙しています。若い血漿を取り入れるといったドラキュラじみた技術も含め、アンチエイジングのテクノロジーは死の消滅を目指しています。

 

 

 

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 垂直農法の野菜工場

 

第八回

〈無駄をなくす〉

 

今からおよそ四千年前、バビロニア人は、地中海で活動する商人たちのため、一定額を支払えば嵐や海賊のせいで積み荷が失われても借金を返済しなくてよいという保険制度作りました。現在この制度は数兆ドル産業へ発展しましたが、システムを維持するには膨大な数の顧客を集める膨大な数の営業要員、膨大なデータを分析する膨大な数の統計学者を必要とします。

しかし、ソーシャルネットとAIによりこれらの人員が無駄になろうとしています。人々はアプリに、アプリはデータベースに、データベースはAIに繋がって自動的にリスク管理が行われることで、膨大なコストが不要になり、人々は補償してほしいリスクごとに安い保険料を支払えばよくなります。更に、センサーが二四時間人々の行動をチェックするようになると、荒い運転や生活習慣は保険料を高くし、安全運転や健康的な生活は安くするため、人々の行動は抑制的になると予想されます。

無駄な人員とコストが消えていくのは、金融業も同様です。銀行や証券会社がなくてもAIとブロックチェーンによって、貯蓄や送金や支払い、融資や投資がスマホ一つで可能になります。ケニアでは、「エムペサ」という電話の通話時間を通貨にしたサービスが普及し、携帯電話一つで融資を受けることや送金することが可能になっています。

不動産仲介業社も、既に物件検索アプリに置き換わってきています。更にAI、VR、センサーが発展すれば、人員を介さずに、適切なアドバイスを得ながら地球の裏側の物件を訪問することもできるようになります。

食料の未来は、もっと大胆に無駄がなくなるでしょう。アメリカでは八人に一人が食事に事欠く一方で食料の四〇%が廃棄されており、今後世界の人口が九〇億人を超えると、農作物の生産量は今の二倍必要になります。この事態に対し、植物の光合成能力を高めたり、果物や野菜の防腐効果がある表皮の役割を果たす材料を噴射したり、垂直農法を用いて高層ビルで水の使用料を九割抑えながら栽培したりといったことは既に実用化されています。

現在、地球上の居住可能地域の半分は農地でその八割が牧畜に使われていますが、将来的に幹細胞から培養肉を育てられれば、動物を殺さずに土地の使用を九割節約しつつ食料需要に応えられるようになります。人口肉の生産が、牧畜を起因とする温室効果ガスの排出を抑え、森林破壊を防ぎ、生物多様性を守り、家畜由来の感染症を抑えるようになるでしょう。

 

 

 

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 水の消えた大地

 

第九回

〈具現している危機〉

 

現在、デジタル技術を代表とするテクノロジーの コンバージェンスは加速度的にドラえもん的未来を具現化しています。しかし、その一方で、以前から一部の識者が予言していた危機もまた加速度的に具現化していると言えます。

今、きれいな飲み水を入手できない人々が九億人います。今年十一月に世界人口は八〇億に達しましたが、その四〇%が水不足に悩んでいるとも言われています。このままだと二〇五〇年には九七億人になると言われる人口の半分が水不足にさらされると予測されています。その原因もやはり人口増加であり、それに対応する都市化と森林伐採が水源破壊をさらに進めているのです。また、地球温暖化による気候変動が降水パターンを変動させ、水不足の地域を生み出し、干ばつと砂漠化を進行させています。 

温暖化の原因とされるのは、化石燃料を燃やすコストとして排出される二酸化炭素です。人類は毎年四〇〇億トンの二酸化炭素を排出していますが、これは毎年一〇〇億エーカーの木を燃やし続けていることと等しく、それはアフリカ大陸の一と三分の一個分を燃やすことを意味しています。アメリカではこの排出量の五分の一がトラックの使用で占められます。更に航空機、列車、船を加えると温室効果ガス排出の三割になります。電気自動車による自動運転によって環境への負荷が軽くなるとしても、その移行には時間がかかり、地球温暖化を二度以下にとどめるには間に合わないと見られています。

気候変動や森林破壊、環境汚染、魚の乱獲がもたらす生物多様性の危機も深刻です。国連は一日に二〇〇種が絶滅することもあると言い、今世紀末までに大型哺乳類の半分が消えると考えられています。海洋ではサンゴ礁の四分の三が既に危険な状態にあり、大気中の酸素の七割を生み出すというサンゴ礁の九割が二〇五〇年には消滅します。そして、今世紀末までに全海洋生物も半分が消えます。生物多様性の喪失は、酸素の生成、食料や森林の成育、植物の受粉、洪水の防御、気候の安定といった生態系サービスを劣化させ、人類の持続を不可能にします。  

実は、以上のような水危機、生物多様性の喪失、異常気象、気候変動、環境汚染というエコロジカルな脅威を克服し地球環境を改善するためのテクノロジーは既に生まれています。問題は、その仕事を実行するための政治的協力が私達に可能か否かにあるのです。

 

 

 

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 ケーメンの浄水装置

 

第十回

〈環境テクノロジー〉

 

デニムの作業着を身にまとい、アメリカ合衆国を平和的に離脱して孤島にある要塞のごとき隠れ家に住むテクノロジー界のスーパーヒーロー、ディーン・ケーメン。インシュリンポンプ、ロボット義肢、どんな路面でも走れる車椅子、そして立ち乗り二輪車セグウェイなど四四〇個もの特許を取得した彼が、世界的な水危機を解決するために開発したのが浄水装置スリングショットです。これは、牛糞等の可燃燃料でスターリングエンジンを動かし、汚染された地下水や塩水、下水、尿など、どんな水でも浄化し、一台で一日三〇〇人分の飲料水を賄います。彼はコカ・コーラと協力し、二〇一七年までに世界八か国一五〇ヶ所のエコセンターで、年間七八一〇万リットルの安全な飲み水を配布しています。

他にも、水問題に対応したテクノロジーの進化は進んでいます。ビル・ゲイツが支援するオムニプロセッサーは人糞から飲料水と電力を生産することができ、スカイソース社は大気中から一日二〇〇〇リットル、二〇〇人分の水を一リットル当たり二セントのコストで抽出する技術を持っています。

温暖化対策に必要なクリーンエネルギーのテクノロジーも急速に発展しています。一九八〇年代に一kWh五七セントだった風力発電のコストは二・一セントまで減少していますし、太陽光発電も一Wで七七ドルかかっていたのが今では三〇セントとなりました。その結果、石炭発電のコストが相対的に引き上がって、アメリカ大手石炭会社八社は破産法の適用を申請するに至り、中国やインドでも石炭火力発電の建設を取りやめるようになりました。

再生可能エネルギーのスケール化には、蓄電技術の進化も求められます。コスト低下の進むリチウムイオン電池の生産量倍増のため、イーロン・マスクは年間二〇GWhの電池を生むギガファクトリー計画を立てています。これが一〇〇ヶ所建設されれば地球上で必要なエネルギーが全て貯蔵できることになります。また、耐久性に課題のあるリチウムイオン電池に対し、その五〜十倍の充電ができる硫酸水溶液フロー電池の開発も進んでいます。

更に、ドローンによる植林、組織工学の手法を使ったサンゴ礁の回復、廃棄物ゼロ施設の実現など、環境テクノロジー自体は既に人類の手中にありますが、各国政府が政治的に協力し、こうした技術で環境問題を克服できるかは不明です。指数関数的に自動進化、普及する技術と、急速な環境破壊の鬼ごっこ。勝つのはどちらでしょうか?

 

 

 

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戯曲『ロボット』

 

 第十一回

AIの脅威〉

 

「ロボット」という言葉は、カレル・チャペック が一九二〇年に発表した戯曲『R・U・R』に登場する人造人間を語源としています。この物語に出てくるロボットたちは化学的に合成された有機質の肉体と寿命を持っていて、現代人が一般的に想像する無機的なマシーンとは少々異なります。しかし、スロバキア語の「労働者」〈ロボトニーク〉からの造語であることが象徴する通り、人間のあらゆる仕事を請け負って、労働市場に破壊的な革命を引き起こしたという点では、近未来に人間から多くの雇用機会を奪うと危惧されるAIと同じ運命を担っていました。

オックスフォード大学のある研究によると、今後数十年でアメリカの雇用の四七%、世界の雇用の八五%が失われるということです。果たして未来の世界は、大量の失業者で満ちたディストピアとなるのでしょうか。

確かに、多くの仕事は自動化され、人間の労働力が不要となることは事実です。しかし、世界金融危機による大不況後、AIが導入されるようになってから実際にアメリカで起きたことは人手不足と労働環境の改善と賃金の上昇でした。

歴史上、産業革命により手工業従事者の仕事が奪われても、自動化により人口の9割を占めていた農業従事者の割合が2%に落ちても、人間の雇用は失われず、工業、サービス業、情報産業と、新しい産業が誕生し多くの仕事が生まれました。AIが引き起こす変革は、雇用機会の喪失というより、雇用内容の変質だと考えられます。

機織り機が機械化された繊維産業や、ATM導入後の銀行業と同様、AI導入後の法律事務所も、優秀なAIが膨大な資料を出してくれるので、それを読むために従業員の数を増やさねばならなくなりました。AIにより人間のコストを下げようとすればむしろ生産性は下がり、機械と人間の協力体制を築くと生産性は上がります。必要なのはインターネットやエクスポネンシャル・テクノロジーが生む膨大な機会に人が適応していくことだと言えます。

しかし、AIの脅威は雇用を奪うことだけではありません。イーロン・マスクや故ホーキング博士が人類に警鐘を鳴らすのはAIが自らの意志を持って人類を脅かす未来です。戯曲の「ロボット」では、人造奴隷たちの革命により人類は絶滅します。この潜在的なリスクに対処するには、長期的視野を持って予防策を取れる統治体制を構築することが必要だと言われていますが、それが可能か否かはまだ不明です。

 

 

 

 Exploring the Benefits and Risks of Brain Computer Interface

 ネットへ移動する意識

 

第十二回

〈人類の大移動〉

 

一九九三年四月、アドルフ・ヒトラーが「非アー

リア人」を公職から追放したことで、ユダヤ人の大

量出国が始まりました。十年で十三万三〇〇〇人以

上のドイツ系ユダヤ人がアメリカへ逃げ、その中に

はアインシュタインを含めた六人のノーベル賞受賞

者もいました。この結果、アメリカでは、ユダヤ人

が進出したあらゆる分野で特許数が三一%増え、新

製品やサービスが市場に登場して製品再配置が起

き、新たな事業と雇用が生まれました。

人類は移動する中で新たな環境や文化と出会い、

適応を強いられ、新しい物事のやり方を生み出して

きました。これから始まる五つの大移動もまた、世

界に様々なイノベーションを生み出していくかもし

れません。

一つ目の大移動は、気候変動によって引き起こさ

れます。気温が二度上昇すれば、異常気象により一

億三〇〇〇万人が移住を強いられ、四度上昇すれ

ば、最大で七億六〇〇〇万人の住む地域が水没する

ことになります。七万年ほど前に、サピエンスがア

フリカを離れる理由となった干ばつも、現在多くの

人々に移住を強いています。

二つ目の大移動は、都市への人口移入です。三〇

〇年前、都市民は世界人口の二%だけでしたが、一

九五〇年にニューヨークと東京だけだった一〇〇〇

万人越えのメガシティが、二〇〇〇年には一八、現

在は三三都市もあります。二〇五〇年には世界の

人々の七割が都市部に住むようになるといいます。

  三つ目の移動は、バーチャルな現実への移動で

す。ビデオゲームやSNSへの依存の原因はドーパ

ミンと呼ばれる脳内ドラッグですが、VRは、ノル

アドレナリン、エンドルフィン、セロトニン、アナ

ンドアミド、オキシトシンといったドーパミン以外

の報酬系神経伝達物質すべてを発生させるため、

人々はバーチャル空間から離れられなくなるので

す。

  四つ目の移動は、宇宙です。現在、ハイテク業界

の大物経営者ジェフ・ベゾスとイーロン・マスク

は、資源、質の高い不動産、果てしない冒険、欲望

と愛、充実感や生きがいといったものが、宇宙には

無尽蔵にあると考え、宝の山を手に入れるため競争

を続けています。

  最後の移動は、脳内にブレイン・コンピュータ・

インターフェースを注入し、人間自身をインターネ

ットに接続することです。こうして人は、ネットで

互いに意識を繋げ合うメタ知能となって、新たな種

へ進化するというわけです。

  こんな途方もない移動の前で、たじろぐ人もいる

でしょう。しかし、気付けばそこにもう未来は具現

しています。