2013年度特別コラム「哲人の記」

 

 

Bアリストテレス

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三平方の定理からフェルマーの最終定理まで、数学の世界にはたとえ地球が滅んでも変わることない絶対不変の定理がある。科学の世界でも、ニュートンの万有引力の法則やアインシュタインの相対性理論で示された数式は、絶対不変のものである。

だが、数式は不変でも、万有引力の法則と相対性理論では、世界観に大きな差がある。前者は万物が質量に応じて持っている「引きつける力」を重力と説明するが、後者は重力を「時空の歪み」と捉えている。進歩した実験装置を使った観測は、後者の理論の正しさを示した。科学的説明は、数学の定理と異なり、実験と観測次第で新しいモデルへと更新され続ける。

2400年前のギリシャ、アテネの哲学者プラトンは感覚で捉えられる世界を、人によって捉え方が異なる相対的で不完全なものと考えた。そして、ピタゴラスの定理などの数学上の定理や公式といった、法則や概念の世界こそが絶対的な実在であるとし、それをイデア界と呼んで、感覚で捉えられる世界を実在の影としてその実在を否定した。

しかしこのイデア論は、マケドニア王国出身の彼の弟子アリストテレスによって完全否定される。「感覚的現実世界を越えたイデア界など、存在しない」と考えた彼は、イデアの代わりに形相(エイドス)という概念を用い、形相は感覚的にとらえられる個物の質料(ヒュレー)に内在するものとし、知覚できる現実世界の実在を主張した。

イデアは完全不動のもの。だが、それでは、オタマジャクシからカエルに変化する生き物のイデアは説明できない。アリストテレスは師が批判していた感覚的経験と観察を逆に重視し、物理学・天文学・気象学・動物学・植物学と幅広い分野を研究して、近代科学のルーツになった。

師プラトンの著述がキリスト教世界の哲学と神学に影響を与えたのに対し、アリストテレスの研究はイスラム教世界の哲学・神学に影響し、イスラムは西洋に先立って科学を発展させることになる。やがて、彼の哲学は中世ヨーロッパに逆輸入され、ルネッサンスを引き起こし、ヨーロッパの科学を飛躍させた。

だが、偉大な彼の物理学や天文学上の説明は、天動説などその多くが現在では否定されている。また、科学の対象となる「感覚的現実世界が実在するのかしないのか」は、未だに解明することのできない問題として残されている。

 

 

 

目次

@ ソクラテス

A プラトン

B アリストテレス

C ゴータマ・シッダールタ

D 孔丘仲尼

E 荘周

F パウロ

G デカルト

H パスカル

I カント

J ヘーゲル

 K ニーチェ