2013年度特別コラム「哲人の記」

 

 

Aプラトン

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 インド人の食べるカレーは日本人には辛すぎる。日本人の食べるカレーもインド人には淡白だ。おいしいものは人によって違う。だが、好みの味が異なる二人の人間がいて、互いにおいしいと感じるものが違っても、どちらも「おいしい」という言葉は使う。同様に、何が美しく、何が正しいかは、時により、人により異なることがあるが、「美しい」とか「正しい」とかいった概念は普遍的に変わらずある。感覚は相対的だが、概念は絶対的だ。

2400年前、ギリシャの都市国家アテネの哲学者ソクラテスは、普遍的・絶対的な「美」や「正義」そのものについて権威ある知識人たちが無知であることを指摘し、彼らの怒りと恨みを買って死刑となった。彼の弟子の一人プラトンは、雄弁な者の作る空気に扇動される民主共和制下の相対的価値観を憎んだ。そして、ソクラテスが無知を自覚しながら探求を続けた普遍的な「美」や「正義」そのものを、「イデア」と呼び、人間としての「コ」のイデアを求めることが哲学の目的だと考えた。

 例えば三角形を描くとする。人間の手やコンピュータの描く三角形は、どんなに精密に描こうとしても、ペンの太さやインクのにじみ、紙面の厚みの違いなどによって、厳密に完全な三角形にならない。でも、モデルとなる三角形の概念やプログラムは完全無欠。これが三角形のイデアだ。感覚でとらえることのできる物理的な現実世界は、全て相対的で不完全なものばかり。それに対して、三角形や「美」や「正義」のイデアは、絶対普遍に完全なものだ。

感覚的に知られる現実世界は、完全無欠のイデア界にある諸々のイデアを模倣して神が作った、不完全な影のようなもの。プラトンはそう説明した。そして、イデアは視覚や聴覚などの感覚では捉えられず、生前イデア界にいた不死なる魂が哲学によって想起することでしか認識できないと説いた。

イデア界のみを真の実在とする彼のイデア論は、普遍的な真理や法則を求める後世の哲学や科学、またキリスト教神学に大きな影響を与えた。だが、プラトンはやがて自らのイデア論に矛盾を感じる。「生物」のイデアは「生きている物」だと定義できるだろうが、生き物は皆死ぬものだ。とすると、生物のイデアは永遠に「生きている物」であると同時に、いつか「死ぬ物」でもあるという矛盾を露わにする。イデア論に対する解釈と批判がこの後、哲学の展開の歴史を作る。

 

 

 

 目次

@ ソクラテス

A プラトン

B アリストテレス

C ゴータマ・シッダールタ

D 孔丘仲尼

E 荘周

F パウロ

G デカルト

H パスカル

I カント

J ヘーゲル

K ニーチェ