2013年度特別コラム「哲人の記」

 

 

Cゴータマ・シッダールタ

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花壇に花が咲いている。なぜか?誰かが種を植えたから。空から雨が降ってきた。なぜか?上昇気流で雨雲ができたから。あらゆる事物には、それを生み出す原因がある。原因がなければ、事物は生まれてこない。「此があれば彼があり、此がなければ彼がない」。全ては何らかの原因によって生じる。昨日は今日の、今日は明日の原因となる。何かの原因は他の何かを原因として生じた結果であり、その原因もまた何かの結果である。何ものも、自立して己だけで存在することはない。こうした因果関係に世界は貫かれ、森羅万象は生成流転をし続ける。一瞬でも、不変のものは何もない。物質も、植物も、動物も、神々も、私も、あなたも。

今から二千五百年ほど昔、ギリシャ哲学が生まれたのと同じ頃、古代インドでも哲学者たちが議論を戦わせていた。ネパールのシャカ族の王子として生まれたゴータマ・シッダールタもまた、それら哲学者たちの一人だった。彼は、「縁起」という世界を貫く因果関係を根本原理とし、現実存在は全て生成流転して普遍性を保たないという「諸行無常」、そのため事物は何一つ本質である「我」を持たないという「諸法無我」、それゆえ物質的存在は「空」であり、「空」こそが物質的存在だという「色即是空、空即是色」など、世界を支配する諸法則を「ダルマ」と呼んだ。

現代量子物理学との共通性を取り上げられることもある彼の世界観は、徹底して論理的で、無神論的で、唯物論的だ。だが、それは単に世界の有り様を探求したくて発見したものではない。「ダルマ」とは、ただ一つの目的を実現するために、地位を捨て、妻子を捨て、国を捨てて探求され獲得された真理だった。

世界は「苦」に満ちている。「老」「病」「死」があるために人間は苦しむが、それらは「生」を原因として引き起こされる。だから人生は「苦」だ。世界には喜びや楽しさもあるが、「喜」や「楽」を得ようとして得られないからこそ「苦」も生まれる。縁起の法則は、苦の原因を示す。苦の原因を消せば、苦も消せる。ただ一つの彼の目的、それは「苦」の消滅としての「悟り」の境地だった。

世界の「空」性を示す「縁起」というダルマに則して「苦」の原因を見つけ、それを取り除くための「道」を実践するよう人々に説いて聞かせたシッダールタの哲学は極めて合理的だった。しかし、数百数千年の時の中で、膨大な数の解釈と宗派も生んだ。「苦」からの解脱を目指すその全てが、仏教である。

 

 

 

 目次

@ ソクラテス

A プラトン

B アリストテレス

C ゴータマ・シッダールタ

D 孔丘仲尼

E 荘周

F パウロ

G デカルト

H パスカル

I カント

J ヘーゲル

K ニーチェ