2013年度特別コラム「哲人の記」

 

 

@ソクラテス

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 ソクラテスと顔 : Digressions

 

「・・・を罰するのは正義だ」「・・・のあることは幸福だ」「・・・は美しい」と、有名な政治家や学者や芸術家がそう唱える。彼らの説には説得力がある。だが、彼らに「では、正義とは何か」「幸福とは何か」「美とは何か」と尋ねてみると、簡単には答えられない。「…は正義」と言っているのだから「正義」が何か分かっているはずなのに、答えに窮する。立派な説を唱えていても、当たり前に使っている言葉の意味を答えるのはとても難しい。実は、その言葉の意味を有名な知識人・賢人たちも知らなかったりする。

今から2400年ほど前の古代ギリシャで、当時の賢人たちにこのような質問をして回ったのが、西洋哲学の祖であるソクラテスだった。彼の目的は、世間でよく使われている道徳的な言葉「勇気」や「友情」や「愛」などの意味が、有名な賢人たちでさえも答えられないことを人々の前で論証し、人々に自分の無知を自覚させることにあった。この問答法と呼ばれる方法で、「知らないのに知っていると思っている人間より、知らないことを自覚して知ろうとする人間の方が賢い」と、ソクラテスは人々に伝えようとした。

しかし、そういう簡単には答えられないシンプルな質問をされると、人は腹を立てる。例えば、いたずらっ子に「どうして悪いことをするのは悪いことなの」などと言われたらとてもムカムカするだろう。腹を立てる度合いは、知識人・賢人と呼ばれている人ほど強くなる。プライドが高ければ高いほど怒りと恨みは強くなる。

賢者たちの無知を暴き、時の権威を批判したソクラテスは、一部に強い支持者を持った。が、多くの若者が彼の真似をして知識人を批判するようになったため、権威を穢された賢人たちにより「国家の信じる神とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」という罪状で公開裁判にかけられた。そして、共和制下の民主的な裁判で、賢人たちに扇動された多数の市民の票により、ソクラテスは死刑の判決を受け、法に従い自ら毒杯を飲んで死んだ。

古代ギリシャは現代と同じく、絶対的な価値などないという相対主義が優勢になっていた。絶対な価値が否定されがちな時代に絶対的な真理・本質を求めながらも、その上でそれは分からないと言い、しかしそれでも真理を探究するべきだと唱えるソクラテスの「無知の知」が、現代に至る哲学の道を切り開いていく。

 

 

 

 目次

@ ソクラテス

A プラトン

B アリストテレス

C ゴータマ・シッダールタ

D 孔丘仲尼

E 荘周

F パウロ

G デカルト

H パスカル

I カント

J ヘーゲル

K ニーチェ